翌日、デジタルワールド。オアシス団の拠点の一室。 そこの廊下を二組のテイマーとデジモンが歩いていた。 片方は大人の姿に変身したアタルとエスピモン、もう片方はOLスーツに身を包んだ女性とペックモン。 「他の皆様はすでに部屋に集まっています。T-626号に相談して部外者立入禁止を通達済みです。」オアシス団員MK-1103号が歩みを止めずに告げる。 「でもまーダメと言われると逆に興味出すやつもいるからな。盗聴盗撮への対策はそっちでやってくれよエスピモンの小僧。」 ペックモンのダミ声はけたたましい早口で、声質の割に非常に軽快な印象を受ける。 「言っておきますが、あなたに対しての直接的な戦力提供は禁止されました。」MK-1103号の口調は至って平坦だ。 「タイムパラッドクスの危険性を鑑みて公安としては不干渉、オアシス団としても関知しない方針です。」 「まぁ……そうッスよね。」完全に予測通りなため、落胆した様子は全く無い。 「まっ、オアシス団の事務方として通常業務の範囲内でなら手伝ってやるさ。だからまーそれで勘弁してくんねぇかなぁ?」 こういう時のペックモンはジェスチャーがやたらと多く、耳だけでなく目にまでやかましい。 「それでいいよ。あんまり関わる人数が多いとボクも大変だし。」エスピモンの声は甲高くも素っ気ない。 「こちらです、どうぞ。」MK-1103号が突き当りのドアを開けた。 アタルが中に入ると、すでに卓にはSL-691号、RD-10号、そしてMX-35号の3組の団員が着いていた。 MK-1103号がドアを閉めると、アタルは変身を解いた。 すでに知っていたSL-691号とMX-35号らとは違い、RD-10号こと河戸リンドウは一瞬驚き、直後に納得したような顔をした。 「今日は、みなさんに大事なお話があります。」 その後、アタルは彼らに昨日司にしたのと同じ説明をした・ 自身が未来の異世界から来た存在であること。この時代で自分の母親が窮地に立たされていること。 それを解決できなければ自身とその兄弟が消えてしまうこと。 そのために、アルカナウィッチモンの討伐に協力してほしいということ。 「リンドウさんとカメリアさんは、アルカナウィッチモンに『特攻』がある、って先生は言ってました。」 そう言うアタルの顔は昨日以上に苦渋に満ちていた。まだ未熟な彼はそれを隠しきれていない。 「……あと、この事はどうか、ユキトやサゲやケイコみたいな小さい子とか、D-626号には黙っててほしいんだ。」 その表情のままアタルは懇願する。 「もし失敗しても、俺は最初からいなかったことになって、消失したことは誰にも認識できない。」その言葉にリンドウが眉をひそめる。 「だったら、最初から何の心配もさせないほうが……」 「それでいいのかい?」リンドウが割って入る。 「君は本当にそれでいいのかい?」アタルは泣きそうな視線を一瞬だけリンドウに向けると、すぐに逸らした。 「いいんです、リンドウ、さん……。」 「詩奈さんにも?」さらに割り込んできたのは、MX-35号こと色井美光だ。 「明陽さんや跳雨さん、今まで楽しくやってきた団のみんなにも秘密にするの?」 「……言わないで、ください。」絞り出すような、少年の声。 「お願いです、みんなに心配かけたくないんです。何でも、するから。」 「何でもって忍者クン……」リンドウの右手が伸びるも、虚空を掻いて戻される。 「私は、私とリンドウさんと静之さんは、心配かけてもいいんだ?」 「!……っ、いや、それは。」美光の指摘に言い澱むアタル。 「それぐらいでいいだろ、ミコちゃん。」リンドウが美光を制止する。 「彼の気持ちを察してやれ。だいたい……」リンドウはうなだれる少年を横目で見る。 「だいたい、異世界の未来人なんて知れたら忍者クンを利用しようと狙う奴らが出てくる。だからこの事は……」 「私たちだけの秘密にする、ってことですねぇ。」今まで一言も発しなかったSL-691号こと向市静之が口を開いた。 「そういうことだ。嬢ちゃんたちも、パートナーデジモンのみんなも。頼んだよ。」 リンドウの言葉に静之、テントモン、パルモンは素直に頷き、マクラモンは無表情のままタブレットに『了解』とだけ表示した。 一方で美光はふてくされた顔のまま、不承不承という体で首を縦に軽く振った。 用事があるというリンドウが退室し、静之もいつの間にか姿を消していた。 「……だってミコ、隠し事せずに正直に言えって。」ぽつり、とアタルが話しはじめた。 「静之お姉さんは俺の正体知ってるし、リンドウさんは必要な人だったし……」 「……そんなの、私だって分かってる。」互いに視線は交わさぬまま、言葉だけが交わされる。 「俺はどうなってもいいんだ。ただ、俺の母ちゃんが悲しいまま生きてくのは嫌だし、それに……」 「それに?」 「……俺の弟や妹が消えるのは、耐えられないっていうか。」まだ視線は交わらない。 「あいつら、まだ十年も生きてなくて、まだまだ楽しいことがこの先いっぱいあるのに、全部ナシになるとか可哀想過ぎるだろ。」 「……あなた、兄弟いたんだね。」先ほど聞かされたことを再確認する。 「……ごめん、嘘ついた。」 「えっ何?兄弟いないの?」驚いてアタルを見ると、彼の目がまっすぐに美光を見ていた。 「俺、消えたくない。」その目には涙が滲み、今にも溢れんとしている。 「アタル……」少年は椅子に座り込むと、両手で赤毛の頭を抱える。 「どうなってもよくない。俺やだよ、静之お姉さんや、ユキトや、リンドウさんと、別れたくないよぉ……」 「ア……!」頬を伝うものに気づいて美光は止まってしまう。 「ミコともっとカプ談義とかしてたいよぉ。俺、ここのみんなのこと、好きなんだよぉ!」 細い声が嗚咽を呑み込んで、程なく心の裡を曝け出す叫びへと変わる。 「頼むよぉ!助けてよぉ!俺まだ消えたくないよぉ!!……怖いよぉ……」 やがて叫声は力を失い、少年の精神力が如きか細さに戻った。 部屋の貸し出し時間が終わる寸前まで、アタルはすすり泣き続けた。 (了)