「ハァ…ハァ…」 クレコウ・ストリートにて身なりはボロボロで無精ひげを生やした一人の浮浪者がフラつきながら歩いていた。彼はノギクボ、20年以上もサラリマンを勤めていたが疲労が原因で取引先にシツレイをしてしまいケジメとして左腕を失い会社をクビになった哀れな男だ。時刻は21時を過ぎ、重金属酸性雨が降り注ぐなかノギクボはただひたすら歩き続ける。 「クソ…やっぱり寝床なんてないじゃないか…」 なくした左腕をどうにかすべくあるもの全て売り払いサイバネ手術しテッコを移植したノギクボは無一文となり、家さえも失った彼は浮浪者となった。ネオサイタマ各地を転々と歩き続け、見栄もプライドも捨てゴミを漁り時には盗みにも手を汚し生きてきたが体力的にも精神的にも限界を感じていた。そんな中、ここクレコウ・ストリートにて浮浪者たちが住み着いている施設があると耳にしたノギクボはそれに全ての希望を託し長い長い道のりを得てたどり着いたが、目的の場所は一向に見つからずこうして途方に暮れていた。 「仕方ねぇ、せめて屋根のある所でも探して今日はそこで…」 ノギクボが愚痴を言いながら後を引き返そうとした…その時である。 BLAM! 「アイエッ!?」 銃声が聞こえたかと思えば弾丸がノギクボの足元に撃たれ水しぶきが舞う。何が起きたかと慌てながら周囲を見渡すと、ナムサン、後ろから奇妙な笑い声で近づく二つの影。 「イヒヒヒヒ…」 「ヒヒヒヒヒーッ!」 一人はチャカガンを手に持ち、もう一人はハンマーを持っているオメーンを付けた若者二人。彼らはヒョットコ、ネオサイタマにおけるギャング・クランであり浮浪者狩りを競技感覚で行う血も涙もない者たちだ。 「オシイ!次はしっかり狙えよ!」 「まずは四肢を粉砕重点!イーヒヒヒッ!」 「アイエエエエエエッ!?」 あまりにも恐ろしい会話にノギクボは恐怖しその場に崩れ落ちてしまう。ヒョットコの一人がチャカガンを構え左足を狙いを定め引き金に力が入る。 「そこまでだ」 「あっ?」 「ん?」 突如として聞こえたマッタの声にヒョットコたちは動きを止め、ノギクボを含めた三人は声の聞こえたほうに視線を向けると近づいてくる一人の影があった。 ややくたびれた黒いレインコートを着ており、ヒョットコを前にしても恐れる様子もなく堂々と近づき、奇妙な大剣を背負っている他とは違うアトモスフィアを放った女がいた。 「その人を解放してやりな、そうしたら見逃してあげるよ」 相手はチャカガンを持ってるにも関わらずまるで何も気にしてさえいない、ただノギクボの身の安全だけに気にしている様子だ。 「イヒヒヒヒ―ッ!今日は大量!それも女だ!」 「ファック&サヨナラ重点!」 だがヒョットコたちは耳を貸さないどころかノギクボを捨てレインコートの女にターゲットを変える、浮浪者でさえ一人で歩くのも危険であるこのストリートで女が一人で歩くのは肉食動物のナワバリに迷い込んだ極上の草食動物に過ぎない。ヒョットコの一人は逃げられないようハンマーでレインコートの女の足を狙い粉砕しようとす 「イヤーッ!」 「アバーッ!?」 「えっ」 突如としてハンマーを持ったヒョットコが吹き飛び壁に叩きつけられた。衝撃でオメーンも粉砕され白目を向いた無軌道大学生の素顔が露わになりそのまま倒れ落ちる。 「あれぇ…こんなのテストにでてないぞぉ…?」 残されたヒョットコは体を震わせながらも欲に抗わずレインコートの女の腕を 「イヤーッ!」 「アバーッ!?」 「アイエエエッ!?」 ナムサン!ヒョットコの手は持っていたチャカガンごと粉砕!様子を見ていたノギクボの視界では一瞬でレインコートの女がヒョットコの前に現れ、突如ヒョットコの手が粉砕れてたように見えた。一体何がおきたのか?あなたたちの中にニンジャ動体視力を持っていればその正体を一瞬で理解できたであろう。カラテだ。ハンマーを持ったヒョットコは懐に入り腹を殴られ吹き飛ばされ、チャカガンを持ったヒョットコもまたモータルでは目で追えないほどのスピードで近づきチョップで手を粉砕したのだ。 そう、彼女はニンジャなのだ。 「次はその首を切り落とす…まだ続けるか?」 「イ…イヒヒヒヒ―ッ!?」 ヒョットコは気絶した仲間を背負い失禁逃走!レインコートの女は溜息を一息するとノギクボに近づく。殺される、ノギクボのニューロンは恐怖で支配され目を閉じようとした。 「大丈夫かあんた、ケガはないか?」 「えっ?」 思いがけない言葉に一瞬あっけにとられ目を開けると、レインコートの女は手を差し伸べておりネオンの光で照らされたその表情はとても優しいものだった。 「アッハイ!ケガはないです!」 「そっか、ならよかった…立てるか?」 「ド、ドーモ…」 ノギクボは慌てながらも最初に返事をしそのまま手を握って立ち上がる。 「えっと…貴女はいったい」 「ナガト・マツリバだ、そんな怖がることはないただのヨ―ジンボ―さ」 女は…ナガトはノギクボの肩を叩く。 「そんで、ノギクボ=サンはなんでこんな時間から一人でほっつき歩いていたんだ?さっきも見た通りここはヒョットコみたいな連中がうようよといるんだぞ?」 「ね、寝床を探していたんだ、ここには浮浪者が住み着いてる場所があると聞いたんだが…」 その言葉にナガトはニッコリと笑いながら語り返す。 「なるほど、うちコミューンを探していたのか、ならサイホーホースだな」 「コミューン…?」 「詳しい話はあとにしよう、ここに居座ってたらさっきのヒョットコたちが仲間連れて報復してくるかもしれん。案内するからついて来な」 そう言うとナガトはその場から歩きだし、ノギクボはそのあとに続いた。 二人はしばらく歩き続け、元は何かの施設であっただろう廃墟にたどり着き中に入る。階段を降りて地下へと向かう。降りた先にあったのは鉄道、そうここは数十年前までは機能していた地下鉄道である。 ナガトは駅のホールから飛び降り鉄道の上を歩き、ノギクボは若干不安な気持ちを持ちながらもその後を続いた。更に歩き続け約数分、大きな扉が道をふさぐように現れナガトがそれを開けると隙間から光が差し込んだ。 「こ、これは」 「ここが私たちのコミューン、電車かなんかを置いてた場所を有効活用しているのさ」 そこには大量のテントとプレハブ小屋が建ち並び、ノギクボのような浮浪者からストリートチルドレンなどがいた。先ほどまで真っ暗で不気味な空間から一変しどこか温かみのある世界がそこにはあった。 「寝床探しているんだろう?村長のところに案内するからついてきて」 ◆◆◆ 「ドーモ、シガキ=サン」 「ドーモ、ナガト=サン。今日はお客さんもお連れかね?」 初老のに入ったであろう白髪の老人、シガキは奥ゆかしくアイサツしナガトを見つめる。 「はい、見回り中にヒョットコに襲われてたので撃退してここに連れてきました」 「なるほど」 シガキの視線はノギクボに向けられる。 「ド、ドーモ、シガキ=サン、ノギクボです…」 「ふむ、どうやら災難な目にあったことじゃな。ここのすぐ近くに空いてるテントがある、そこを使うといい」 ノギクボは驚愕した。彼はまだ自己紹介をしただけであり何故来たかも話してないにも関わらず目的であった寝床が驚くほどにあっさりと手にした。 「いいんですか…?自分は来たばっかりで…」 「ここにいるみんなは訳ありの者ばかりじゃ、気にすることはない」 シガキはニコッと笑いながら話し続ける。 「まぁここに住みたいならここで仕事をしてもらうがね、困ったときはいつでもワシやナガト=サンなどに相談するといい」 「互いに助け合ってこそコミューンは成り立ってるんだ。みんな気のいい人たちだから一緒にガンバロ!」 ノギクボの目からハラハラと涙が零れ落ちた。カチグミになるべく同僚同士で蹴落とし合い、横暴な上司に頭を下げ続け、ただ孤独に生きてきた彼にとってこのぬくもりは身に染みるものだった。 「アイエエエ…アリガトウゴザイマス!私、ここで頑張って働きます!絶対にハイ!」 泣きながら何度も頭を下げ続けるノギクボの背中をナガトは優しく撫でた。 ◆◆◆ ノギクボをテントに案内し終えたナガトはそのまま自分の寝場所であるプレハブ小屋に戻った。ノレンをくぐりぬけるとタタミ八個分の空間に二つのフートンがあり、テーブルの上には酒の空き缶が転がっている。そのうち一つのフートンに寝転がる者がいた。右腕はサイバネに施された女であり、全身の至るところに傷跡があることから只者ではないことがわかる。ナガトは溜息をしながら大剣を壁に置きレインコートを脱ぐ。その胸は豊満だ。 「そこ私のフートンですよムツ=サン」 「そんな堅いこと言わないでよぉナガト=サン」 少し酔っている彼女の名はムツ。このプレハブ小屋の同居人であり、ナガトと同じヨ―ジンボ―の一人である。その胸は豊満であった。 「村長から聞いたよぉ、浮浪者を助けてあげたんだっけ?ナガト=サンも成長したねぇ」 「かなり酔ってませんか?吐くなら外でしてくださいよ」 「先輩として褒めただけだよぉ!もうそんなこと言われたらウチ傷つくよ!」 ムツはほっぺを膨らませながらベッドから起き上がると、冷蔵庫から新たな酒とパックドスシを取り出した。 「仕事帰りでお疲れでしょ?さぁさぁ今夜も一緒に飲もうか!」 「昨日飲んだばっかりで正直そんな気分じゃないんですけど…」 「そういわないでよ!疲れた体に一番効くのは酒だって言うじゃん!これ全部ウチが買ったやつなんだし遠慮しなくていいから!ね!」 満面の笑みで楽しそうに誘ってるその姿は酔っ払いでしかないが、ナガトは困った表情をしながらもその対面に座る。 「まったく、これじゃどっちが先輩なんだか…いいですよ、今日も付き合いますよ」 「さっすがナガト=サン!じゃあ今夜は無事仕事を終えた後輩を祝し!」 「「カンパイ!」」 ナガトとムツは缶ビールを手に持ちカンパイをした。ナガトにとってムツはヨ―ジンボ―として頼れる先輩であり、自分を助けてくれた恩人ともいえる存在だが、見ての通りこうしたオフの時は酒を飲んでは酔っぱらいナガトに絡みまくる厄介な存在に変わるのだ。だが、それでもナガトにとってこのささやかでにぎやかな時が楽しみの一つとなっているのだ。 「…やっぱり、一人よりもこうして一緒に飲んだりしたほうがタノシイですね」 「でしょでしょ!さぁ遠慮せず飲み明かそうよナガト=サン!」 「わかってますから酒をこぼさないでくださいよ?」 二人の楽しそうな声は夜が明けるまで聞こえたという。